夏といえばやっぱり祭。
男衆がハッピを着て神輿を担ぎ
お囃子にあわせて女衆が踊る祭。
心なしか大人も子供も、
とても誇らしげな表情をする祭。
こんな時代でもやっぱり
脈々と受け継がれているものがあることを実感できる。
けれども世の中にはへんちくりんな祭も多いらしい。
どう考えても悪ふざけとしか思えない。
昔の若者がふざけてやっていたことが
いつの間にか伝統になったんじゃないか。
そう思わざるを得ないような祭。
けど伝統にしてしまった方の勝ち。
それならば、「新しい祭」でも考えてみようか。
まず祭に必要なのが意味だ。
祭には何かしらの意味がある。
代表的なものは五穀豊穣祈願、雨乞いあたり。
これから始めようとする祭の意味としては
さすがにちょっとどうかと思うので
このご時世に祈願したいことを考えてみる。
まぁぱっと頭に浮かぶのは景気回復、温暖化の改善くらいか。
どちらも捨てがたいが、ここはやっぱり景気回復だろう。
株価上昇を祈願する祭。
我ながらなかなか。
さて、次に必要なのは儀式だ。
いまや株取引はネットが当たり前。
画面を見つめ、「ここぞ」というタイミングでクリックして
株を売買する。よし、これをデフォルメしよう。
白布で覆われた台の上に並べられたマウス。
その年に選ばれた数人が緊張した面持ちで位置に付く。
行司の掛け声とともに各人が思い思いのタイミングでクリック。
静寂の中にカチッ、カチッ、という音が響き渡る。
あ、キーボードでもいいな。エンターを押下。
これを「取引終了」までの間、淡々と続け、
行司が株価上昇を宣告して終了する。
次の「取引開始」までは男衆が街を練り歩き
誰彼かまわず胴上げしてまわる。
もちろん景気回復を願って。
と、ここまで信じられない位絶好調だったけど、
伝統として根付くために必要な地域性が欠けていることに
今さらながら気付いてしまった。
せっかく株券に見立てた紙を持って踊るくだりも考えてたのに。
最近気付いたというか、
やっと適切な言葉が見つかったというか、
どうやら私は
「良い音楽」「格好良い音楽」
というものへの興味が極端に薄れているらしい。
だからといって全然聴かないというわけではないけど。
なんかね、そこには「音楽以外の要素」が多すぎる、気がする。
「こういう音楽聴いてる(演ってる)自分が好き」とか
「<音楽好き>というコミュニティに所属してる自分が好き」とか
誰もそんなこと言わないけど、そんな感じが匂ってくる。ことがある。
皆が皆そうかと言われれば違うけどね、もちろん。
別にそれでいいと思うし。
そういうことをときどき自問自答してみるけど、やっぱり若干ある。
正直言うと、むしろ人よりその傾向が強いかもしれない。
だから何だ、って話だけど。
とにかく、今は「良い音楽」より
「面白い音楽」の方に惹かれる。
刺激的で、驚きがあるし、
何より意味が分からないところが素晴らしい。
意味が分からない。
けど真面目に変な音を出してる人がいる。
そしてそれを真剣に聴いてる人がいる。
その空間のシュールさが面白い。
もしかしたら単なるジョークかもしれない。
けど真面目に変な音を出す。
そして真剣に聴く。
たぶん誰も意味わかってない。
なのに(だから、かな)大真面目。
こんなにふざけた空間はめったにない。
(褒めてるつもりです、いちおう)
面白くて仕方が無い。
よく「それは音楽なのか」って訊かれるけど
それが音楽かどうかはもう、ぜんぜん関係ない。
面白ければそれでいい。
そう思ったら毎日がすごく楽しい。
通勤するサラリーマンの足音、
道行くおばちゃんの愚痴、
妙なイントネーションの呼び込み、
急に「ぽー」とか言い出す兄ちゃん、
嵐のようなサーバーの音、
普段の生活にも面白い音が溢れてた。
みんなイヤホンつけて歩いてるけど
なんてもったいないことを、って思ってしまう。
いつ面白い音が聞こえてくるか分からないのに。
ほっとけ、ってか。そらそうだ。
下の画像は
「<良いか悪いか>なんて演ってる本人も分からない。
ただ面白いと思った音を出してるだけ」
と言い放った人のCD。
Sachiko M 「Salon De Sachiko」
